神様のヒマ潰し

The trick is living without an answer.

言葉も選べずに

秋晴れの日曜日にリスケされた高尾山登山が決行された。
ぽろん、とLINEの通知音が鳴り、iPhoneを手に取ると
元彼から着いたで、との文字を眺め、時刻を見て思考が停止した。
何故なら私はその通知音で目が覚め、自宅のベッドに横たわっており、
時刻は集合時間の7時の10分後を示していた、脳内フリーズ。
5秒くらい時が止まったあとものすごい速さで状況を説明し、
罵倒覚悟で指示を仰いだら2時間も待っててくれるとのことで、
罪悪感に吐きそうになりながら高尾までの道を急ぐ。

もう駅で土下座する勢いで顔をなるべく見ずに謝り倒すと、
若干呆れながらも許してくれたので後光が刺して見える不思議。
てっきりスタートが2時間遅れたのでコースも短くなったと思い、
バスを待ちながら今日のコースを恐る恐る確認すると
日暮れに間に合うので6時間コースのままだと聞いて軽く眩暈がした。
バスに乗ると30分くらい乗っても全然登山口に着かず、
最後に山と呼べるものに登ったのは数年前のダイヤモンドヘッドで、
Wikiで調べたら標高232m、往復約2キロだった)
最初の山の標高は850mと聞いて心が折れそうになりながらバスをゆっくり降りる。


歩き始めると川が流れていて、次第に木に囲まれるようになり、
のんきに歩いていたら、だんだん道のりが険しくなり始めた。
後ろを歩かれると不安だから先歩いて、と言われて
ペースもわからずガツガツ歩いていたら滝のように汗が流れだし、
水はどんどん減って、歩いているのに走っているような呼吸音がする。
脳内は高校のテニス部時代の持久走のトレーニングにトリップし、
自分の呼吸音以外何も聞こえなくなってだんだんハイになり、
道中でどんぐりや毬栗を見つけ、幼児退行したのか
どんぐりころころを歌いはじめて終わりが見えない道を登っていた。
彼は後ろでそれを聞いていてついに気が狂ったかと思ったらしい。

だんだんペースが掴めてきて、視界がクリアになったとき、
本日4つのうち最初の陣馬山の頂上にたどり着いた。
いきなり現れた一面の青空がとても綺麗で、吹き抜ける風が少し肌寒い。
陣馬山の標高の看板と写真を撮ってもらい、腹ごしらえ。
勢いで500mlの缶ビールを買って、ちょっぴり飲んで彼に押し付け、
一緒に頼んだ山菜そばも半分も食べず残して、落ち着く前に次の山へ。

テニス部の練習で階段ダッシュで下りがチームで一番速かった私は、
順調に少し下り、そしてまた登り、ススキをかき分けながら次の山、
またそれを繰り返して今度は石ころが多い次の山と3つ制覇して、
それぞれの山の頂上で少しずつ休みながらゴールの高尾山に向かう。


すれ違う人たちに雰囲気を見て挨拶し、気になる被写体があれば写真を撮り、
頭を空っぽにして、時折浮かんできた歌を歩くテンポに合わせて口ずさむ。
交互に足を踏み出すだけで見える景色はどんどん変わっていって、
1人でずんずん進むこともあれば、幅が広い道では彼と2人で並んで話す。
木の根っこがうねうねしている地面には何通りもの進み方があって、
少し迷ってバランスを取りながら自分の意志で選んだ道を行く。
実際にやってみるまでわからなかったけれど、登山って案外楽しい。
1人だったら絶対やろうと思わなかっただろうなーと思いながら、
私の前を長い足でどんどん進み、時々振り返る彼の背中を見る。

そして高尾山までの縦走の道が階段地獄でぜえぜえ言いながら
自分の短足を呪っていると3つの分かれ道(小道、階段、山道)があり、
まだ階段あるの…と心が折れそうになっているとおじさん2人組が、
道教えてあげるよ、途中まで一緒に行こう、と声をかけてくれ、
ありがたく甘えておじさまたちと2列に並んで世間話しながら進み、
私今日が登山デビューなのに山4つ縦走なんですよと言うと
いやあ彼すごいスケジュール組んだね、初めてなのによく頑張ったねと
褒められて自然と笑みがこぼれ、蓄積された疲労が少し軽くなった。

頂上まで着くとお疲れさま、とおじさまたちと別れ、展望台へ。
少し日が暮れ始めていて、綺麗なヤコブの階段(梯子)が出来ていた。
(雲の切れ目から太陽光が帯状に伸びて見える、自然現象の一種)
夢中で私はiPhoneの、彼はデジイチのシャッターを切りまくり、
展望台から見える山一覧の看板を見ながら先週の登山の話を聞く。
標高を示す看板で山ごとにカウントしてた指を4本立てて写真に収まり、
足が限界だーと言いながらリフト乗り場を目指してどんどん降りる。
リフトは終わっていたのでケーブルカーに即時方向転換し、
道中撮った写真の中に彼が映り込んでいて、笑いながら見せると
SNSにアップしたら殴る、と言われて即座に削除を命じられずにほっとした。


帰りの電車で別れて1人になってバックパックを抱きしめながら、
痛む足の筋肉痛を案じながら、疲れたけど登って良かったなと素直に感じ、
ハチクロの竹本くんの自分探しの自転車旅のモノローグを思い出した。
家のドアはただただ広い世界に色んな形でずっと繋がっていて、
私が今日やったことはひたすら足を交互に踏み出しただけなのに、
今まで見たことのない景色を見て、新しい自分を知ったかと思えば、
昔の記憶や本当に好きだったものが記憶の、頭の奥底から出てきたりする。
物事をシンプルに考えて整理するのに、体を動かすのはいいなと思った。


昨日はハワイから来ている幼馴染の女の子とランチに行き
今日は母とモネ展に行き、1日早い誕生日プレゼントとランチをご馳走になり、
2日とも筋肉痛に悩まされていて、27歳から28歳へも筋肉痛のまま迎えそうだ。

でもなんか不思議だ、筋肉痛になったことすら少し楽しい。
やっぱり区のスポーツセンターでランニングを始めよう。
28歳の目標は定期的に体を動かす習慣を作ることにしようかな、
そんなことを考える27歳最後の日。