神様のヒマ潰し

The trick is living without an answer.

場外ホームラン

解離症状がひどくなって、日々の些細な出来事をよく忘れるようになった。
自分のことでいっぱいいっぱいで、人に関心を持つことが難しい。
SNS上に溢れかえる見たくないものを自主的に排除するようになった。
睡眠サイクルの狂いと、気ままに吐きたい時に吐いているせいか、
顎に吹き出物が大量に出来て、つぶしているので一向に治らない。
今の私は毎年やってくる精神状態が一番落ちる11月への準備は万端だ。


先週の日曜日は夜ご飯を食べたあと成田空港近くのホテルへ向かい、
冷え切った体を大浴場で温めてベッドに入って仮眠を取ろうとしたけど、
寝坊することが怖くて結局横になっただけで終わり、空港へ向かう。
初めて到着した第三ターミナルのシンプルかつ殺伐具合に面食らって
(人が屍のように寝まくっていた、誰も何も盗まれない日本は平和だ)
初めて乗り込むLCCの飛行機で離陸前にアイマスクをつけて
日の出とともに那覇空港への道は爆睡して意識を失っていた。

飛行機から出ると、快晴とは言い切れないけど青い空が迎えてくれて、
Tシャツの上に羽織っていたカーディガンを着続けるか悩みながら、
まずは重い方の荷物を預けようとゲストハウスへ向かった。
なかなか写真で見たままの小奇麗さで、受付のお姉さんに荷物を託し、
モノレールに揺られながらチェックインの時間まで時間をつぶすため、
首里城を見てから友達に勧められた沖縄そばを食べるべくプランを立てた。

首里城は駅から少し離れた場所にあって、iPhoneのマップ機能を駆使し、
何も考えず自分のペースで普段つけるiPodをつけずひたすら歩く。
もっと赤いと思っていたんだけどな、と一人旅ならではの
「観光名所で写真を頼むのが若干気まずい」現象に悩まされながら
おじいちゃんと本殿を撮ろうとしていたおばあちゃんに
「こういう場所は2人一緒に撮らなきゃだめですよ!さあさあ!」と
若干強引にツーショット撮影に持ち込み、出しゃばったかなあと思ったけど
カメラをお返しした時にお礼を言うおばあちゃんがとても嬉しそうだった。
よし、これなら頼めると思った私はおばあちゃんにiPhoneを手渡し、
写真撮影をお願いしたのだけれどおそらく初めて携帯で写真を撮ったであろう、
おばあちゃんの写真は建物が全て収まっておらず、若干傾いていた。
それもそれでいい、私はきっとこの写真を見るたびにあのご夫婦を思い出す。

駅まで戻り、次は沖縄そばの最寄り駅までまたモノレールへ。
駅からマップアプリを立ち上げると、車で11分と書いてあったので、
のんびり歩くことに決めた、がこれがまたとんでもなく遠かった。
水を飲みながら国道沿いから住宅街へどんどん歩く。
結局たどり着くまでに小一時間かかり、券売機で迷うことなく
オリオンビール中瓶」のボタンを押してから沖縄そばを選んだ。
思ったよりお腹が空いていたのと食べやすくとにかく美味しかったので、
ガツガツ食べてごくごくビールを飲み、教えてくれた友達にお礼のLINEを送る。
さすがに帰り道は歩けないと思ったのでタクシーに乗ったら、
運転手さんによく歩いたねーと言われてそうだよねと納得した。

チェックインまでまだ時間があったので、またもや友達に勧められた、
ゲストハウス近くのカフェに入ってみたら大当たりだった。
軽快なジャズが流れる店内、シンプルだけど凝っている家具、
メニューも迷いに迷って黒糖のブリュレとアイスラテにして、
手帳をぼーっと眺めながら11月のことを考えたり、
思考を止めて音楽を聞きながら窓の外を眺めて目を細める。
店長さんの距離感も心地よく、このカフェ東京に丸々来ないかなと思った。


やっとゲストハウスでチェックインを済ませて、
夜ご飯を食べようと国際通りまで繰り出して2時間ほど歩いたけど、
いまいちピンとくるお店がなくて、明日への体力を温存しようと
ゲストハウス近くのコンビニでスナックとお酒を適当に買って戻る。
シャワーを浴びて下のリビングへ戻ると好青年がこんばんは、と
声をかけてくれてビールを飲んでいたのでテーブルにご一緒させてもらう。
勤務が終わったゲストハウスのお姉さんと3人で今日の出来事をわいわい話し、
年下だと思っていた男の子は2個上のお兄さんで、なんと同じ飛行機だった。

しばらくすると手足が恐ろしく長い白人の女の子が加わり、
彼女はオランダ人の世界放浪中の助産婦さんで私と同い年だった。
喋る言語を英語に切り替えて彼女(ジェニー)の日本中の旅の話を聞いて、
お酒をどんどん飲みお菓子を食べ、気の向くままに話をしていた。
お兄さんがおすそ分けしたKRAFTのチェダーチーズを食べた彼女が、
「こんな味気ないものチーズと認めないんだから!プラスチックよ!」と
怒り狂っていたのには爆笑した、いいなあオランダ、チーズ美味しいんだろうな。

ひとしきり話すと私の番が回ってきて、今仕事は何をしてるの?
と聞かれたので仕事はしてなくて、目下何がしたいのかもわからなくて、
落ち込みが少しひどいから暖かいところへ行きたくて来ちゃった、
とシャワー後ですっぴんメガネで、お酒も入っていた私は饒舌になっていた。
私今何も持ってなくて。仕事も、恋人も、昔から自分も好きじゃないし、
薬飲まないと不安になったり眠れなかったりする私を受け入れてくれるのなんて、
一緒に暮らしてる家族だけで、周りはどんどん家族を作っていったりして、
私も何かしなきゃ、と思うけど、仕事を辞めてからもう漠然とした不安しかなくて
具体的に行動も起こせないから逃げてばっかりで、とぶちまけた。

ジェニーがさっきまで柚子酒をロックで煽っていたグラスを静かに置いて、
綺麗な青い目で、私の目を真っ直ぐに見て喋りだした。

「私は日本の人たちの習慣や生き方はあまりわからないけど、周りの生き方が何よ、
世間体が何よ、人生は短いけど長いし、他人が何を言っても、何をやっても、
あんたの人生なんだから、人に迷惑をかけなければ何をやってもいいのよ、
これからなんだってやれる可能性がまだまだあるし、行きたいところに行けばいいわ、
今日私たちに会ったみたいに、きっとこれからきっともっと色んな人に出会う。
とにかくあんたが『今』生きてて心底幸せだって思えるように生きたらいいのよ」

そのストレートな言葉が単純に胸に響いた。
心療内科の先生も、お母さんも、友達も、同じようなことをたくさん言ってくれた。
でもこのタイミングで彼女はいきなり私の人生に飛び込んできてもやもやを丸めて、
それを遠くへホームランを打つみたいにどこかへ打ち飛ばしてくれた。
なんだか色んな人の思いが全部凝縮されて伝わってきた気がした。
もっと飲むわよ!と近所のコンビニまで足の長い彼女に合わせて小走りになりながら、
お酒を買ってリビングの開放時間ぎりぎりまで4人で色んな話をした。


と、ここで2泊3日分を書くには長すぎると判断したので続きは次の記事にて。